フィンレイソン誕生の街 タンペレ
現在、フィンランド人が最も住みたい街と言われているタンペレ。タンペレには、ムーミン美術館があったり、「世界サウナ首都」と呼ばれるぐらいたくさんサウナがあったり、日本からも多くの観光客が訪れています。2021年に市内を回る路面電車も走り始め、とても便利になりました。タンペレの都市圏人口は、ヘルシンキの首都圏人口についで第2位。ヘルシンキから特急電車で2時間ぐらいなので、日本の感覚でいうと、東京と大阪、みたいな感じでしょうか。
このタンペレの地でフィンレイソンは誕生しました。フィンレイソンの創設者は、スコットランド人のジェイムズ・フィンレイソン。そう、フィンレイソンの「フィン」は、フィンランドの「フィン」ではなく、工場を創業したスコットランド人の苗字なのです。フィンレイソン氏がタンペレに目をつけたのは、タンメルコスキ川の急流が魅力的だったからです。といっても、そのころのタンペレは人口が1000人にも満たない小さな村でした。

タンメルコスキ川は、今もタンペレの中心を流れていて、二つの湖をつないでいますが、高低差がなんと18メートルもあって、この落差によって生まれるエネルギーが工業都市として発展した理由のようです。そのことに一番早く目をつけたのが、フィンレイソン氏だったことを考えると、先見の明があったのか、フィンレイソン氏がここに工場を建てなかったらタンペレの発展はあったんだろうか、等など、いろんなことを考えてしまいますね。
フィンレイソン氏が工場を創業したのは1820年。その後、フィンレイソンは大きく発展し、タンペレでは、そのほかにも多くの企業が生まれ、発展しました。フィンレイソンは、現在ヘルシンキに拠点を移し、タンペレの工場は稼働しなくなってしまいましたが、1990年代から建物のリノベーションが始まり、赤レンガ工場が建ち並ぶ美しい場所は「フィンレイソン・エリア」と呼ばれ、ショッピング、レストラン、オフィスや文化施設まで、さまざまな用途で使われています。

↑現在のフィンレイソンエリアの様子。同じ場所にゲートが残っています。


フィンレイソンエリアの入口にあるビアレストラン(Plevna)では、ビールを楽しむ人でいつも賑わっています! こちらの写真は、数年前に訪れた時に食べた黒ソーセージのプレートです。黒ソーセージは、工業都市として発展したタンペレならではの郷土料理とのこと。タンペレ訪問の際にはぜひ。

次回はタンペレにあるFinlaysonのショップをご紹介します!